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前向きに・・・って?

うーん。TVでは相変わらず能天気な番組ばかりで一般の人々も全く放射能被害を気にしていない。
うちの夫もそう。
カレイドスコープさんで見つけた高知のボブマーリーさんの記事を送って、今の都内に通う仕事も辞めたい旨伝えたら。
「世間では事態は収束に向かっているというのに我が家からはいつまでもプレッシャーがかかる。関東には4千万人もの人がいるのに、中でも我が家は窮地に追い込まれている」
などという返事が返ってきた。
確かに私は心配性なところがあるけれど。
政府、マスコミが何も言わなければ動かない人っていっぱいいる。ていうかそれが大半か。
で、関東に住んでいる人たちも被曝し続ける。そして、なにがしかの症状が出たとして、誰も助けてくれない。
そう考えると、安心安全ばかりを言い続ける政府やマスコミの罪ってかなり重いと思うのですけど。
けど、マスコミに扇動されない限り、自分で考えることもしない人たちは、言葉は悪いけど、自己責任なのかもしれない。うちの夫もね。
もう、何を言っても私からのプレッシャーとしか取れない全く頼りにならない男には何も言うまい、と心に決めました。
何なのかなあ、この能天気な人たちは。生存本能ってのがないのかな。で、何かあったら一番取り乱しそうなんだけどねえ。
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入院していた

ちょっと患って入院していた。
高熱にうなされる中、健康とはそれだけでなんとありがたいことだろうか、と考えていた。

あんまり無理はせずに、でも生活があるから仕事はしていかないと。

何だかな・・・。
全く先が見えないな。
ダメだな。もうちょっと前向きにならないとな。

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たまぞうさんの記事

たまぞうさんの記事。
この社会システムは終わり、というもの。
すごく納得できる。

昔、住んでいたところのそばに川が流れていた。
河口だったのであさりが取れた。
ある日、近所の子供らとあさりをバケツいっぱい取った。
母親に見せたら、「今晩はバター焼きにしよう」と言った。

そして、夕食の準備をしていたら。
一緒にあさりを取った近所の子供がやってきた。
「うちの親があの川のあさりは食べれないって。○○さんにも
伝えてこいと言われた」と言った。

バケツいっぱいのあさりはそのまま川に戻された。

丸々と大きなあさり。
でも、食べられない。

その川のそばには工場があった。

本当は、大きな恵みがそばにあるのに、それを自ら使えなくしている人間。

本当に馬鹿みたいな社会だと思う。

こんな社会が終わって、みなが自由に楽しく暮らせる社会になってほしいと思う。

一部の人間が100億だとか1000億だとか独占して、一方で家もなくて死んでいく人がいる。
食べ物を残す人間がいる一方で、飢えて死ぬ人間。

生まれながらの差、例えばブスと美人。
背が高い、低い。
足が速い、遅い。

これらは全て個性だと思う。
でも、今のこういう金持ちと貧乏人の差、っていうのは不自然過ぎる。
お金という、何の裏付けもない共同幻想でしかないものに、皆、不幸にされすぎている。

皆が自由に暮らせる世の中になりますように。

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自然

こないだ、東京のど真ん中を歩いていたら、とあるビルの入り口にある花壇にタンポポが咲いていた。
そして、そのタンポポでせっせと蜜か花粉を集めるミツバチの姿。
こんな緑の少ない場所で、健気に生きるタンポポとミツバチの姿に涙を誘われた。

そして、今日、家の近所でヒキガエルだか牛ガエルだかを見た。
大きくてビックリ。
でも、こんなコンクリートだらけの場所でいたら干からびてしまう。
大きいお屋敷の池で住んでたのだろうけど、迷ってしまったのかな。

私たちは大きな動物はもちろん、こういう小さい動物の生活の場も奪い続けてきた。
海を埋め立て、川はコンクリートで護岸。
山や森、林を潰してきた。
汚水を川に垂れ流してきた。

人間第一で、動物のことなんかかまっちゃいなかった。

そして、今回、こうやって人間が作ってきたいわゆるインフラというものの脆弱性を思い知らされることになったけど。
たとえば、水が使えない。じゃあ、近所の川で水を汲んでこよう。

それが、今はできない。

戦後の混乱期でも、あの江戸川も鯉や鮒やいっぱいいて、水浴びもできた。

経済が厳しくても、自然の恵みを得ることで、生き延びることができた人もいたろう。

でも、ここまで徹底的に自然を破壊した今。
水が使えない→川に行ってもドブ水になっていて何も使えない
ガスがこない→薪にできるような木などどこにもない
食糧がない→野草や果実など、どこにも生えていない

今の混乱が今後、どう影響してくるか想像もできないけど、現代の混乱は過去のそれとは比較にならないものになるだろうと思う。
人が人を食べる世の中にだってなるかもしれない。
私はその事態を昔から、何故だか異常なほど恐れてきた。
人に言っても頭がオカシイで一蹴されそうなので、誰にも言えなかったけど。

生きてる間に何かそういう事態にめぐり合いそうな恐怖感が常にあった。
だから数年前から食糧備蓄を始めた。
でも、そんな少々の食糧を備蓄したところで何も意味ないだろうけど。
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どうなるのかなあ

昨夜も地震がありました。
こちらのボロアパートはミシミシ言ってた。
うーん。
こういう余震が続けば続くほど、我がボロアパートの耐震性はますます弱くなっていくだろうなあ。。。
地盤も。
今は強い風が吹いても揺れてる気がする。それとも地震?わかんない。

今日はこのビデオを見た。
http://www.youtube.com/watch?v=mHWvbisFg0I&feature=share

衝撃だ。
何だか自分の田舎にも似た風景。日本の一般的な田舎の風景ということだろう。
なのに、今はそこには誰もいない。
ついこないだまで、あなたと同じ、平凡な人たちの日々の営みがあった町。
それが、今はゴーストタウンのようになっている。

地震によって道路が陥没したりはしているけど、津波にさらされていない、きれいな町。
でも、人はもう、住むことができないのだ。

この映像が伝える異常さ、この恐ろしさ。
心底、恐ろしくなった。

いつ、自分の住んでる町や故郷が同じ状況になってもおかしくないのだ。
原発がそこかしこにある現状の日本では。

まだまだ原発推進!という人は大勢いるだろう。
特に、TVでは電力不足で企業の活動が滞り、日本経済に悪影響と散々流されているから。
確かに、そうなのかもしれない。
いっぽうで、こういう非常事態になっても某アミューズメント産業などに電力の規制は課されない。
それなのに、ほら、原発ないと電力足りないでしょ、だから原発はなくさないよ、というだけ。
何なんでしょうかねえ。

今日のマドモアゼル愛さんのブログにもあったけど、個人のコンプレックスを解消して自らのエゴを通すためには地球がどうなっても構わないっていうトコトン器のちっちゃい人たちが世の中を動かしているのが、この世の不幸なんでしょうねえ。

でもねえ、それに扇動されて動いちゃう一般大衆が一番、罪つくりかな、と思いますけどね。
今は会社でも、もう地震のことは忘れたみたいになってる。
原発のことなんて誰も気にしてない。



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